いわき一泊旅行
行楽地や道路が混まない夏休み前に旅行でもと思い立ち、海の幸を食べられる「いわき市」の海辺の小さな町「久之浜(ひさのはま)」の「高木屋旅館」に一泊旅行して来ました。道すがら様子等もまじえ記事にしました。
行きの昼食は蕎麦にしようと、前日にネットで検索した所、こだわりの江戸流手打ちそばを食べさせる日立市の「傳六」と言う店が載っていたので、その店に寄り十割ソバを食べました。
食べ終わって「傳六」の主人と話しをしていて、これから久之浜の「高木屋旅館」に泊まると話しましたら、「傳六」の主人は昔、「久之浜」に住んでいて「高木屋旅館」は近所で良く知っていて、「高木屋旅館」のお祖母さんに昔の屋号を言えばわかりますよと、思わぬ話の展開になりました。「傳六」のご夫婦と四方山話をひとしきりして旨いそばを食べたお礼を言って店を出ました。
傳六http://www.geocities.co.jp/teutisobadenroku/index.html
日立市から国道6号を北に下り、童謡で有名な野口雨情の生家の有る北茨城市に向かう。
野口雨情の生家を見学
生家の近くに有る野口雨情記念館
野口雨情の童謡の歌詞を想い出しながら、小名浜経由で美空ひばりの「みだれ髪」で有名になったな「塩屋埼灯台」を目指しました。
いわき市の沿岸は、北から久之浜・四ツ倉・薄磯・豊間・永崎・小浜勿来の順に白砂青松の美しい海浜が連なっていて「いわき七浜」と言われます。その中心が塩屋埼灯台になります。
この灯台の灯台長の奥さん、田中きよさんの体験談を元にして「喜びも悲しみも幾歳月」という映画が作られました。
美空ひばりの遺影碑の有る所から塩屋崎灯台を望む
灯台の上から北側の薄磯海岸を望む 
灯台の上から南側の豊間、合磯(かっそ)海岸を望む
塩屋埼を後に海岸線を北上して四倉町を通り波立トンネルを抜けて、直ぐ左の所にある波立(はったち)薬師と右の海側の弁天島と弁天橋を休憩を兼ねて見学、ここから久之浜港のある殿上崎まで、約3km広がっているのが久之浜・波立海岸となっています。
波立薬師(はったちやくし)
弁天島と弁天橋
久之浜の高木屋旅館に到着少し疲れを癒して浜辺と町を散策
試に、久之浜の波の音を録音して見ました。
「高木屋旅館」http://takagiya.net/は素朴な宿でした。
風呂に入り汗を流して、海の幸の夕食に舌鼓を打ちました。またこの宿はワインも売りなので懐と料理を考えて、アルゼンチンのトソ・ソーヴィニオン・ブランを飲みました。
料理とのマリアージュは良かったと思いますが少々飲み過ぎたきらいがあったかな?
次の日は「国宝願成寺白水阿弥陀堂(しらみずあみだどう)」に参拝しました。
阿弥陀堂は、平安時代末期、岩城の国主岩城則道夫人・徳姫(藤原清衡の娘)によって建立されました。
阿弥陀堂は東・西・南の三方を池に囲まれて、北・東・西は山で囲まれており、阿弥陀堂を中心としたこれらの空間は、平安時代末期に盛んだった浄土式庭園となっています。
池には中尊寺ハス(藤原氏4代目泰衡の首級桶から800年前の種子を採取。この種子の開花に成功し、中尊寺がその株を譲り受けて育てたハス、2001年4月に中尊寺から株分けされたもの)が丁度咲き始めたばかりです。
昨日は北茨城の野口雨情関連の施設に寄って来たので、いわき湯本の野口雨情記念「童謡館」にも寄りました。野口雨情は童謡の詩で思い描く人柄と違って、多情な人で異母兄弟の仲はしっくりいっていない様な話でした。
野口雨情記念「童謡館」
立ち寄り湯の「さはこの湯」でひと風呂浴びて、気分を一新して小名浜に向かいました。
はさはこの湯
小名浜で昼食と買い物をして夕方帰宅しました。天候にも恵まれ、思いがけない事もあり楽しい旅行が出来ました。
忘れていましたが「高木屋旅館」のお祖母さんと「傳六」さんの事を話す事が出来ました。




































